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2019.09.09 CONCEPT

ぼくらが取り戻したいもの ~個人宅リノベーション

ぼくの父の生家は熊本市郊外の田園地帯にあって、子供の頃から学校の休みの度に、そこで何日も過ごした。ぼくらの日常は遠く離れた町の新しい建材で建てられた築10年にも満たない借家にあったが、父の生家は明治時代に建てられた典型的な木造家屋で、土間や土壁の匂いを今も懐かしく思い出すことができる。


縁側、障子などの要素については、同質な心地よい開放感を今のさまざまな住宅に感じることはある。けれど、そのときの父の生家にはあって、今の住宅には決してない部分がある。


それは、奥部屋の少し崩れた土壁の持つ闇だ。暗闇の中で蠢く、生命の根源としての混沌。今思い出すと、時間という自然が作用した壁に、ぼくにとっては何ものにも代えがたいものを感じていたのだろう。


その家も、先の熊本地震で、あとかたもなく消えてしまった。


父の生家跡


SOTOCHIKU(外築)とは、上記のように、放っていては消えていく、時間の経過したさまざまな何かを切り取り、新しい空間づくりに活かすことをいう。


SOTOCHIKUを、住宅に活かすことは、どんな効果を生み出すだろう?


古い外壁を内装に移築した空間


例えば、いなくなった身近な誰かのことを言葉で表現して、その人の存在を感じることはとても難しいが、その人が暮らした部屋に入ったときに、まるでその人がそこにいるかのように感じる経験を持つ人は多いのではないだろうか。


古い壁の風化の跡も、その断片が新しくつくられる内装空間に残されるだけで、そこで過ごす人は、その時代に生きた人の気配を感じ取ることができるのではないか、と想像している。


そのくらい、ものが持っている言語化できない情報量は多い。

時間の経過した壁


ぼくらは単に、古いものに囲まれた懐古的な空間をつくろうというのではない。新しい空間づくりに、「朽ち滅びていくもの」と「新しくつくるもの」という逆向きのベクトルを共存させることで、過去の違う時代に生きた人と現在をあたかも一緒に生きているかのように、ほのかなつながりを感じられる空間をつくりたいと思っているのだ。


そして、そのような空間は未来に生まれ来る人達へも、現在や過去を繋げていく役割を担っていくものになるだろう。


今はほぼすべての空間が新しい材料だけを使用して、いわば「核家族的」につくられているが、SOTOCHIKUによって、かつての父の生家のように、3世代、4世代で一緒に住んでいた頃の温度を取り戻していくことにつながるのかもしれない、と思う。

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